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2016年1月12日 (火)

3.『常に一歩先をいっている奴』

杉内。杉内洋太。小、中学校の同級生。僕と同じようにお姉さんの影響で早くからロックを聴き始めた杉内は、学校で誰よりも早くギターを始めた人物でもあった。しかも杉内は、何というか「常に一歩先をいっている奴」だった。

ブルーハーツを教えてくれたので僕が熱心に聞いていると、彼はピストルズやクラッシュを聞いている。僕がそれを見て初期パンクのCDを買ってくると、彼は「ロックのルーツを知らなきゃな」とエルヴィスを買っている、という具合に。

ギターにしてもそうだ。彼がエレキギターでパワーコードをかき鳴らす姿に衝撃を受け、僕もエレキを買って練習し始めると、彼はアコギを買ってアルペジオを響かせている。僕がアルペジオを練習していると、いつの間にかドラムを叩いている。

一歩先を行っているのは音楽だけではない。釣りがうまかったり、筋の通った大人の意見で先生に反抗してみせたり、笑いのセンスも最高だったり、絵も上手かったり、空手が強かったり、友達をキャンプに連れて行ってくれるような優しい親父さんがいたり…。

僕は全ての面でいつでも杉内の後塵を拝していたが、一緒にバンドを組み大好きなブルーハーツのコピーに明け暮れたりしている時だけは、何とも言えない一体感を感じたものだ。
高校に入ってからは何故か彼と疎遠になっていたが、今回のフェスティバルにはハイロウズも出るし、何より彼は僕と違って行動力があるから一緒に行ってもらえれば心強い。早速何年振りかで彼に電話を掛けてみる。

「もしもし。久し振り!」
「おお、石井か。久し振り。何だ?」
「実は今度のフジロックフェスティバルの事なんだけど…」
「ああ、俺、行くよ」

何と!フジロックでも先を越されているとは。話によると杉内は親父さんと一緒に車でフェスティバル会場付近まで行き、親父さんはライブが終わるまで富士山麓のキャンプ場で待機。一日目のライブが終わったら迎えに来てくれて、キャンプ場で泊まる予定だという。

「お前も一緒に来いよ!」

車の問題も宿の問題も一人では心細過ぎるという問題も、全てが呆気なく解決してしまった。有難過ぎる杉内からの誘いに甘え、僕はようやくフジロックフェスティバルに参加出来ることになった。

それからは、次々に追加されるラインナップをチェックしながら、見たいアクトを決めていく作業に明け暮れる日々だった。

開催が近づくにつれ雑誌やMTVでの出演バンド特集が増え始め、それに比例するように本屋に行く回数と録画用ビデオテープの本数も飛躍的に増えた。プロディジーやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなど、その時点では知らなかったのに、この予習を経て気になる存在になったバンドも幾つかあった。杉内と事前に直接相談する事はなかったが、当時の僕が組んだ予定は概ね以下のようなものだった。

・一日目
①絶対に見たいバンド=レッチリ、フーファイターズ、ハイロウズ
②出来れば見たいバンド=イエローモンキー、電気グルーヴ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン

・二日目
①絶対に見たいバンド=グリーンデイ、ウィーザー、布袋
②出来れば見たいバンド=プロディジー、少年ナイフ

とは言うものの、初年度のフジロックはメインステージとセカンドステージの2ステージ制だったので、中には時間が被る出演者もある。何より杉内が見たいバンドも聞いていないのだ。これは会場に向かう車中や会場での様子によって相談していくしかないだろう。いずれにせよ、事前にこういった事を考えていると毎日が楽しくてしょうがないのであった。

しかし、こうして振り返ってみて改めて気づくのは、あの時の僕は「野外音楽フェスに参加するにあたってどのような持ち物が必要か?」とか、「会場での食事はどのタイミングで、何を食べるのか?」といった基本的な事には一切関心がなかったのだ。この事が今でも悔やんでも悔やみきれない。

フジロックへの参加は僕の人生では珍しく能動的に下した大きな決断だったが、やはり心の奥底では昔から頼りにしていた杉内や杉内の親父さん達に頼り切っていたのだろう。

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