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2016年3月15日 (火)

12.『ザ・イエロー・モンキー(2)~悲しきASIAN BOY~』

開演前から会場に充満していた悪い空気が解消されないまま、イエローモンキーのステージが始まった。

普段はプラスに働く筈の彼ら特有の芝居がかった雰囲気が、どうもマイナスに働いてしまっている。ここまで登場したバンドの殆どは、アップテンポの激しい曲や重いビートの曲で客を煽っていたが、彼らはスローテンポの曲もじっくり演奏していた。観客からしてみるとそれを黙って聞いているにはあまりに寒く、体力ももう残っていなかった。

これまではその寒さや体力の消耗を誤魔化すようにどこかやけくそでマッチョ的な盛り上がりを見せていた観客だが、イエモンは女性ファンが多く(記憶が曖昧だが確かポンポンを振りながら黄色い声援を飛ばすファンもいた)これまでの流れからは完全に浮いてしまっていた。

本当にショックだったのは、僕の横の外国人(恐らくレッチリ待ち)が「ジャップ!」みたいな事を大笑いしながら叫び、それを聞いた周囲の日本人も笑い出した事だ。前回も書いたが僕はイエモンファンだったので…。

最後の方にボーカルの吉井が「We are NO.1 Japanese R&R band.The Yellow Monkye!!」と叫んだときも、嘲笑や怒号、罵声が飛び交っていた。大好きなイエモンが目の前でこんな目にあっているなんて。はっきり言って痛々しくて見ていられなかった。

勿論、リアルタイムでは観客側のこの空気がステージ上に伝わっているのかは分からなかった。彼らは必死に演奏を続けていたので。しかし後に聞いたところによるとバンドメンバーもやはりショックを受けていて、フジロックのステージが失敗した事はイエモン解散の要因の一つにもなったという。

しかし僕は、あれから二十年経った今だからこそ彼らを擁護したい。あの日の彼らのパフォーマンスは申し分なかった。しかし多くの観客はレイジで体力を使い果たし、あとは一刻も早くレッチリを見てさっさと帰りたい、という状態になってしまっていたのだ。それなのに、長引いたセッティング、スローな曲も交えた一時間以上のセットリストといった要素が、完全にアウェイな雰囲気を作ってしまった。だけど、レイジとレッチリの間で演奏する、という華やかな舞台を用意されたら、誰だってそのくらい気合が入ってしまうだろう?

いや、もっと本音を書こう。「あの日の惨劇はイエモンや観客が悪いのではなく、不幸な状況が重なって作り出してしまった」と結論付けるような事を書いているが、本当は観客側の邦楽バンドに対する「ある種の感情」がそうさせた面も少なからずあると思っている。

1997年の時点では確実にジャンルや洋邦の壁が存在していた。いや状況はさらに複雑で、邦楽の中でも洋楽リスナーに受け入れられるかそうでないか、といった選別があったのだ。事実、ハイロウズはあんなに大盛り上がりで会場全体が一体化していた。一部の洋楽ファンの間に、イエモンのようなヒットチャートも賑わす存在に対する冷たさが確実にあった(ここまで断定的に書くのは、二年目のフジロックでも同じような事が起きたからなのだが、それは後日)。

つまり恐らく天候が良くても、洋楽ファンも知ってるヒット曲満載でアップテンポ中心のセットリストだったとしても(あるいはその逆に徹底的にマニアックな選曲でも)、何らかの否定的な反応がイエモンに浴びせられていたのではないか?

もしかしたら会場を苗場に移して以降の若いフジロックファン、もしくは1997年以降に沢山開催されている各種ロックフェスファンの方々には、僕が少々話を盛って書いていると思われるかもしれない。何故なら2016年現在、ロックフェスにアイドルや歌謡曲寄りのバンド、それこそイエモンが出演しても、ブーイングが起こるような事態に発展する事はまずないだろう。いや、むしろ如何に音楽性の振れ幅を大きくするかが、各種フェスの生命線になっているといっても過言ではない。

例えば2014年のSUMMER SONIC。ジャニーズからTOKIOが出演したのだが、ロックファンも大いに盛り上がった様子がTwitterなどで話題になった。勿論興味がない人も会場には大勢いただろうが、そういう人は他のステージを見ていただけの話。少なくとも彼らのステージを野次ったり罵ったりするような雰囲気ではなかっただろう。僕はこの出来事を、個人的にとても素晴らしいと感じた。

誤解しないで欲しいのは、「音楽ファンたるもの、どんなジャンルの音楽でも好きにならなければならない!」という事が言いたいのではない。また、ロックの歴史を振り返る時、悲しい事件が伝説化していく事も沢山ある。

ただ高校生の僕は、ロックフェスには「音楽の持つ自由な空気が作り出す連帯感」みたいなものを期待していたので、この出来事は衝撃が大きかった。現在の野外ロックフェスに漂う自由な空気は、最初から出来ていたものではない。この事だけは書き残しておきたい。

「音楽フェスって、もっと楽しいものじゃないのかよ!フェスって、何なんだよ!」

彼らが最後に演奏した、あまりに象徴的なタイトルである『悲しきASIAN BOY』を聞きながら、僕は心の中で叫んでいた。

あれから20年。今年でフジロックが20周年を迎えるタイミングで、イエローモンキーは再結成を発表した。

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コメント

当時行けなかった、地方のイエローモンキーファンです
あの頃の洋楽ファンからの、イエモンやらかした笑笑、という空気に悔し涙を流したことを思い出しました
否定したいのに何故そんなことになったか色々な記事を読んでも今ひとつわからないまま時が過ぎましたので、この貴重な証言(しかもファンの方!)を読み長年の胸のつかえがやっととれた気がします
お恥ずかしながら結構なトラウマになっていたようです…
再結成を迎えた年にこのブログに出会えて良かったです
ありがとうございます

投稿: コンプ | 2016年11月15日 (火) 19時04分

コメントありがとうございます!

僕も当時、とてもとても悲しかったです。あのような事態に陥った要因としては記事にも書いた通り、

①当日の過酷な天候など物理的要因
②当時の音楽リスナーの精神的要因

二つあったと思ってます。少なくとも2016年現在、②の要因に関してはかなり緩和されたと思うし、そういった時代にイエモン再結成が大歓迎をもって受け入れられたのはとても嬉しく思います!

読んで頂いて本当に有難うございました。

投稿: 管理人 | 2016年11月15日 (火) 21時54分

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