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2016年4月

2016年4月26日 (火)

18.『下山④~セブンイレブン良い気分~』

混沌としているバス発着所を横目に、朝バスで通ってきたと思われる道を下り始める。

幸い僕達と同じ判断を下した人達が、何千人という単位で徒歩による下山を始めていた。とりあえずこの人達に着いて行けば、全く訳の分からない所に出てしまう、ということは避けられそうだ。

暫く歩いてみてすぐに気付いた。細い山道は下山する観客の車で大渋滞になっている。これでは上でいくら待っていてもバスが来ないはずだ。歩く、という選択は正しかったのかもしれない。

しかし、「歩道」というものは無いに等しく、皆渋滞する車の脇をすり抜けるように一列になって歩いて行く。緩やかとはいえ下り坂。ビーチサンダルの鼻緒の部分が指に食い込んで痛い。何千人もの人々が一言も喋らず、台風の中をただトボトボと歩いて行く光景は、もはや八甲田山のようだ。

正直僕の意識も朦朧としていて、この辺りの記憶は曖昧になってしまっている。確か下り車線とは対照的に空いている上り車線を、救急車が会場に向かって上っていったような気がする。

あまり不確かな情報を書くべきではないが、この時点で「死者が出ただろうな」と思った人は少なくなかった筈だ。結論から書いてしまえば第一回フジロックで死者は出なかったのだが、この時は自分達が置かれている状況をリアルタイムで知る事が出来ない環境だったのだ。

ゴミだらけの会場に所々出来ていた毛布の山、緊迫した雰囲気の張り詰めていた救急室、ピクリとも動かずステージ上に倒れんでいた人達。今まで見てきた光景を考えると、生死の心配をするのは大袈裟な事ではなかった。

歩く力が尽きたらしく、ヒッチハイクを試みている人もいる。しかし止まる車など無い。皆自分のことで精一杯だ。僕も気を抜くと歩くのを止めてしまいそうだ。あと何分歩けばこの状況にピリオドが打たれるのか全く分からないのが不安だしつらい。

杉内も僕の後ろを無言で付いてくる。杉内は体力の限界と共に、風邪を引いてしまったらしい。既に熱も出ているようだ。

「この道であってるのかね?」

たまに話しかけても、

「知らねーよ」
「分かんねーよ」

と、素っ気ない答えしか返ってこない。僕は内心ムッとしていたが、ここで揉めても余計な体力を消耗するだけだ。

途中、道が分かれるポイントが幾つかあったと思う。しかしどの道が正しいのか、誰も分からない。そもそも目指している場所も皆違う。いや、目指している場所すら分かっていない人が殆どだったろう。それぞれが独自の判断で(というよりほぼ勘で)進む道を決めて行く。

杉内が判断出来る状態ではないので、朝バスの窓から見た景色の微かな記憶を辿りながら僕が決めて行く。一応杉内にも同意を求めるが、返事が無い。小学生の時から常に背中を見続けてきた杉内が、今僕の後ろを歩いている。物凄く心細い。もしかして間違ってしまったのだろうか? でも、今は僕が先頭で進むしかない。

今回このブログを書くにあたり調べて驚いたのだが、富士天神山スキー場(現ふじてんスノーリゾート)の標高は大体1300m位だった。当時の僕が何となく思っていたのより全然高い。1300mなら結構ちゃんとした“下山”じゃないか!何度も書くようだが、それをビーサンで臨もうとした僕って本当に…。

体力的にも精神的にも辛い辛い時間を耐え、どれくらい歩いただろうか?遠くの方に小さな建物が見える。近づいてみると、セブンイレブンだ。そしてその向こうには、広い道路も見える。

「やった!国道に出たぞ!」

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2016年4月19日 (火)

17.『下山③~混沌と決断~』

僕達は公衆電話を後にし、再びバス発着所に向けて歩き出す。発着所までの道のりで目にする光景は悲惨極まりなく、僕達の足取りと心はどんどん重くなる。考えてみれば食事だって、フーファイターズの時に雨でベチョベチョの「何か」を食べたのが最後なのだ。急速に腹も減ってきた。

しかし、なんとか発着所に通じる階段に戻ってきた。先程の高台から再び下を見下ろしてみると、やはり行列は全然解消されていない。もう何かを考える力もなくなってしまい、暫くボーっとその行列を眺めていると怒号のようなものが聞こえてきた。

「ふざけんな!」
「待って、乗せて下さい!」

後で知ったことだが、朝、河口湖駅から出発のバスに乗ろうとした人達は、僕達以上に会場に到着するのが遅れたらしい。中には朝から待ち続けて到着したのが16時頃、という人もいたようだ。度重なる各種のトラブルにより朝から少しずつ蓄積されていたイライラ、そして台風によって限界に来ている体力。出演者達の熱演により何とか抑えられていた観客の怒りが、ここにきて遂に爆発し始めていた。

「さっさと乗せろー‼」

あちこちから怒声が飛んでいる。バスを待つことに耐え切れなくなった人達が、係員に食って掛かり喧嘩になっている。何十分かに一本しか出ないバスが発車する時には、直前で区切られ乗れなかった人達が叫びながらバスを追いかけている。

…と、この辺りは確かにこの目で見た光景なのだが、あの時の僕は本当におかしな精神状態だったようで、記憶を辿っていくと本当にあったのか分からない光景も混ざってきてしまうのだ。

怒り狂った者が停車しているバスの窓ガラスに石を投げている光景。そして窓ガラスが割れたまま発車するバス。そんな光景も自然と蘇ってくるが、本当にあった事、見た事なのかどうか自分でも自信がないのだ。

「バスのガラスが割られていた」というのは偽の記憶なのかもしれないが(もしあそこにいた方が読んで下さっていたら教えて頂ければ嬉しい)、いずれにせよ、皆自制心が働かなくなって大混乱に陥っていた事だけは確かだ。ここに来る時に乗った朝のバス車内もそうだったが、僕は自分より年上の人達が露骨に怒りをぶちまける光景に初めて触れたので、正直言って相当怖かった。

高台から見下ろした発着所の混乱。後にある漫画を読んでいる時に、一瞬だけあの時の気持ちが蘇ってきた事がある。『デビルマン』の最後の方、民衆が暴徒に変化していく流れ。伝わる人がどれだけいるか分からないが、ああいう怖さが会場中に充満していた。

もう、この会場にはいたくない。かといって残された体力を考えると、台風の中この会場で何もせず朝まで過ごすのは絶対に無理だ。

「杉内…歩いて下山しよう」

今まで何度か喉元まで出かけていた言葉を、僕はついに発してしまった。表情に生気が見られなくなっている杉内は、黙って頷いた。僕達は、歩いて下山することを決意した。

朝バスに乗った発着所まで、歩いたら何分ぐらい掛かるのか見当も付かない。というかあの発着所がどこだったのかも分からない。仮にそこまで辿り着いたとしても、これほど時間が遅くなってしまったら杉内の親父さんと会えるかも分からない。

天候、体力、装備などを考えれば完全に無謀だが、この場の陰惨な雰囲気の中でいつ乗れるかも分からないバスを待つよりはまだマシだ。

「とりあえず、前に進もう」

そう決意した僕達。しかし、どっちが前なのか分からなくなる程強い雨が、容赦なく吹き付けてくるのであった。

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2016年4月12日 (火)

16.『下山②~繋がらない電話~』

※念の為、いま一度この時の前提条件を書いておくと、僕は半袖短パンビーチサンダルというふざけた格好、気候は台風九号直撃という状況です。

そして「~らしい」という表現が頻出しますが、あの時は自分達がどういう状況に置かれているのか知るすべが無かった為、全部憶測で判断して行動するしかなかったのです。

では前回からの続きを。

帰りのバスへ乗る為の長蛇の列を見て乗車を諦めた僕達。取り敢えず杉内のおじさんと連絡を取る為、バス停から再び公衆電話があるライブ会場へ向けて歩き始めた。

途中、救護室のような場所の横を通った。何だか凄く騒がしい。覗いてみると、かなりの人達が運び込まれているようだ。やはりこの状況に耐えきれなかった人達が大勢出てきてしまったのだろう。深く考えると僕たちもまいってしまいそうだったので、無視して進む。

人がまばらになり始めていたライブ会場は、どこを見渡しても凄まじい量のゴミが散乱している。その上をビーサンで踏みしめる度、足首位まで泥水が上がってくる。

ようやく公衆電話にたどり着いて、再び驚いた。そこには黒山の人だかりが出来ているではないか!僕達と同じように仲間とはぐれた人達が、皆何とか連絡をつけようとこの場所に駆け込んで来ていたのだ。その人だかりを見た時、今まで必死に我慢していた疲れがどっと押し寄せてきた。

「おい、ここもかよ。これじゃあ電話が掛けられるまで何分待たなくちゃいけないんだ。もう一刻も早く眠りたい。無駄な時間は一秒でも我慢できないよ…」

しかしそんな事を言っても始まらない。電話を諦めるという事は、何の保証もないまま再びあのバス発着所まで戻るという事なのだ。せめて今後の目途だけでも立てば、精神的な負担は解消される。

仕方なく列の最後尾に並ぶ。地獄だ。ライブ中もセッティングの時間がきつかったが、暴風雨に曝されている時に一番辛いのは何もせずただ立っている時間なのだ。恐らく実際に並んだのは数十分くらいだろうが、あの時の僕達には永遠にも感じられた。

ようやく僕たちの番が廻ってきた。早速杉内が番号を押すが…繋がらない。もう一度…繋がらない。山中で電波が弱かったのか、大勢の人が一か所で集中的に電話を利用しているからなのか。理由は分からないが、とにかく繋がらない。物凄い絶望感に襲われる。後ろで順番を待つ人がイライラし始めている。でもそんな事は気にしていられない。再び掛ける。

「お客様のお掛けになった番号は、電波の届かない所に…」

駄目だ。さすがに後ろの人のプレッシャーに耐えられずその場を去ることにする。 僕と杉内、どちらからともなく再びバス発着所にトボトボと歩き出す。行ってみたところで、どう考えてもバスには乗れないだろう。しかし他に行く場所もないのだ。

僕達と同じようにどうしてよいか分からない人達が、会場中に大勢いる。ゴミの山の中で泥まみれの毛布にくるまって座り込んでいる人達は生きているのだろうか?そんな事を本気で心配してしまうほど、会場は悲惨な光景だ。

ステージの真ん前を通ってみて驚いた。ずぶ濡れになった人達が大勢、ステージ上に力なく倒れこんでいる。どうやらもう帰る体力を失ってしまった人達が、緊急処置としてステージ上で休んでいるらしい。救護室はもう満杯で、この人達を収容するスペースがなくなってしまったようだ。ステージには屋根はあるのだが、そんなものが全く意味をなさない程強い雨がステージ上の人達に吹き付けている。それでも地面にいるよりはまだマシ、という主催者の判断なのだろう。

数々の力強いライブが幾つも繰り広げられたこのステージは、ついさっきまで神聖な場所にさえ見えていた。だが今はどうだろう?近寄るのもためらわれるような、地獄絵図と化している。もうどこを見渡しても悲惨な光景しか目に入らない。

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2016年4月 4日 (月)

15.『下山①~ビーサンを呪う~』

観客にとっても(恐らく)レッチリにとっても不本意な形でライブは終わってしまった。しかしレッチリの圧倒的な存在感、「ここまで耐えてこられたんだ」という観客の達成感により、会場は「完全燃焼」という空気に支配されていた。

僕も杉内もライブ終了後しばらく放心状態となっていたが、悪くなる一方の天候が僕らを現実へと引き戻した。この時確か、既に夜の十時頃になっていたと思う。

「さあ、帰ろう」

会場を後にする周りの人が皆、口々にレッチリの凄さや今日のベストアクトなどを興奮気味に語っている。それを聞いていると何故か嬉しい気持ちになるが、耐え難い疲労感に襲われバス発着所に向かう足取りは重い。 とにかく少しでも早く寝て体力を回復し、明日の二日目に備えなければ。

この日の夜は杉内の親父さん達がいるキャンプ場で、車中泊の予定だった。まずは朝約束した通り、山の下のバス停で待っている筈の杉内の親父さんと合流しなければ。予定終了時刻はかなり過ぎているが、会えるだろうか?

ライブ会場のスキー場はバス発着所よりも10m程の高台に位置しているので、割合長い階段を下っていかなければならない。ホワイトステージから暫く歩きその階段に到着したのだが、そこから発着所を見下ろしてみて驚いた。

「おい、なんだこの行列は!!」
「マジかよ」

僕と杉内は顔を見合わせた。朝、皆がイライラしていたバス停なんか比じゃない程、長い長い行列が出来ているではないか!

僕達が朝乗ったこの会場まで来る「行きのバス」は、僕らが乗った停留所と河口湖駅の停留所、二箇所から発車していた。しかしこの会場から出る「帰りのバス」は当然ここ、一箇所のみだ。自家用車で来た人、会場内のテントエリアで野宿する人以外、全ての人がこのバスを利用しなければ下山出来ないのだ。多分その数は一万人以上になるだろう。

上から見ていると、その人数を運ぶにはあまりにも少ない台数のバスしか見えない。しかも自家用車とバスが入り乱れているので朝同様に山道が大混雑しているらしく、バスが全然出発できない。

出発して下の発着所で客を下したバスも、こんな状況では再びこの会場に戻ってくるのに恐ろしく時間が掛かるだろう。ピストン輸送が不可能な状況になっている。

しかもこれらはあくまで想像であって、公式なアナウンスがあった訳ではない。今自分達がどういう状況に置かれているのかが正確に把握出来ない、という事が一層不安を掻き立てる。

朝はライブ開始に遅れるのを承知でバスを待った。しかし今回の行列と発着所の状況を見た瞬間、「待つ」という選択肢は僕達の頭から消えた。こんなの、待っていたっていつまでも乗れる訳がない。

「どうする?」

杉内と話し合った結果、とりあえずメインステージ横の公衆電話コーナーに戻る事にした。杉内の親父さんは1997年の時点では珍しく、携帯電話を持っていたのだ。連絡さえ取れれば、何とか打開策が見つかる筈だ。

ライブ会場からバス発着所の僅かな距離を歩くだけでも、僕の体力は限界に達してしまった。しかし今、その道を再び戻らなければならない。スキー場のぬかるんだ地面は体力をあっという間に奪い取ってしまう。

「何でビーサンなんか履いて来たんだ?」

今更ながらに自分の愚かさを呪う僕だった。

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