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2016年5月

2016年5月25日 (水)

22.『二日目の始まり』

良くも悪くもそれまでの人生で最も劇的だったフジロック一日目を終え眠りについた僕達だったが、朝七時頃には目が覚めてしまった。ほんの数時間しか眠れなかったが、それでも体は昨日よりだいぶ楽になっている。流石に筋肉痛で節々が悲鳴を上げているが、どうやら風邪も引かなくて済んだようだ。

車から出てみると小雨がぱらついていたが、殆ど気にならない程度になっている。こんなのは昨日に比べれば天国だ。時折晴れ間も見え始めたので、僕も杉内も昨日から履いているビチャビチャのズボンを外に干した。僕もまだ若かったのだろう。数時間前まであれ程酷い目にあっていたのに、パンツ一丁でキャンプ場の木柵にズボンをぶら下げていると、二日目のライブに向けて気合が沸いてくるのを感じていたのだ。

昨日は暗くて分からなかったがそこは割と広いキャンプ場で、天気さえ良ければとても過ごしやすく雰囲気の良さ気な場所だ。

先に車内に戻り横になってしまった杉内の様子を見にいく。僕とは対照的に彼は容態が悪化しており、ぐったり伸びてしまっていた。もう昨日の下山途中、いや、ライブの最中から風邪を引いてしまっていたのだろう。

「今日どうするの?」

僕は杉内に尋ねた。

「…悪い。俺は今日無理だ」。

そうか。彼の様子を見れば当然の答えだったが、僕は困惑してしまった。杉内は一刻も早く東京に帰った方が良いだろう。その場合、当たり前だが一人電車で帰す訳にもいかないので、杉内の親父さんも一緒に車で帰ることになる。杉内のお姉さん達は元々一日目だけの参加だった。

ということは、今日二日目を僕だけで見に行く場合、ライブ終了後に野宿などで夜を明かし、電車などを乗り継いで東京に帰るしかない。少しは体力も回復したとはいえ、全身筋肉痛の状態だ。それに一人で遠出もした事がない僕に、果たしてそんな事が可能だろうか?

杉内の親父さんが僕に言う。

「俺は親の責任上、こいつを早く家に連れて帰りたい。それに責任という事で言えば、お前を無事家に帰してやるのも責任だ。分かるな?」

僕は迷った。残念だけど普通に考えれば今日のライブを諦め、今から皆で東京に帰るべきだ。杉内の親父さんに迷惑を掛けるのも嫌だ。しかし今日の出演アクトが僕の頭を横切る。少年ナイフ、WEEZER、BECK、GREEN DAY、それに小学校の時にロックを好きになるきっかけになった布袋だって出る。そんなの、見たいに決まってるじゃないか!

…僕は決断を下した。

「僕、残ります」

杉内の親父さんは内心、僕が諦めると思っていたのだろう。驚いた様子で、

「本当に行くのか?悪いが俺達は協力出来ないんだぞ!」

と確かめてくる。

「はい!分かってます」

もうここまで来たら死んでも行くしかない。それに出演者云々は抜きにしても、この地獄のようなイベントがどういう結末を迎えるのか確かめたい、という気持ちにもなってきた。

悪夢の一日を乗り越えた僕は、人生で初めて能動的に何かを決断した。

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2016年5月18日 (水)

21.『下山⑦~一日の終わり~』

奇跡的に杉内の親父さんと会う事が出来た僕達は、ハイエースの荷台に揺られキャンプ場に到着した。そこでは杉内の弟とお姉さん達が僕達を待っていた。向こうも心配していたと思うが、僕も杉内のお姉さん達の安否を心配していたので、お互いの無事を喜ぶ。

顔を合わせた瞬間、今日一日どのような経験をしてきたのかそれぞれが猛烈に語りだす。杉内のお姉さん達は、ずっとセカンドステージにいたそうだ。セカンドステージはメインステージとは違い、地面が砂利だった。その為、あれ程の雨でも地面が水溜りになってしまう事もなく、比較的過ごしやすかったそうだ。

それが原因なのだろう。面白い事に杉内のお姉さん達は「電気グルーヴ最高!」とか「エイフェックスツインが家から出てこなかった」とか、専らライブの感想が中心なのだ。それに比べて僕達は、「バス発着所が物凄い状況だった」とか「終演後、ステージ上に倒れてる人たちが運び込まれていた」とか、状況説明が中心。つまり、「どちらのステージにいたか?会場までの交通手段は何だったか?用意してきた装備はどれくらいのレベルだったか?」等により、あの日のフジロックの感想は全く違ったものになるのだろう。

その点、「半袖短パンビーサン履き、送迎バス、メインステージから動かず」という状況だった僕達は、参加者の中でも最悪のケースを辿ったのかもしれない。

ようやく心底ホッと出来る環境に身を置く事が出来た上、冷え切った体も暖まったので、強烈な眠気が再び襲ってきた。まだこの時点では雨足も強く、せっかくのキャンプ場だがテント箔は到底無理だった。

借りたタオルケットに包まって車の荷台に横になる。この時をどれほど待ちわびたか。もう朝も近い。明日(というか既に今日)の二日目は、一日目の経験を活かし少しペースを抑えて見る事にしよう。

ほんの何秒かで僕と杉内は深い眠りに落ちてしまった。

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2016年5月10日 (火)

20.『下山⑥~デウス・エクス・マキナ~』

ようやくたどり着いた道の駅だったが、雨風が凌げる場所は僕達と同じように歩いて下山した人達で既に埋め尽くされていた。

僕達はヘロヘロと屋根など何もない花壇のような場所に倒れこんでしまった。一旦座ってしまうと、もう動けない。もう雨に濡れたってなんだって良い。とにかく眠りたい。うつ向いたまま、僕は目を閉じた。しかし、そこで寝るなんてとんでもない話である事にすぐ気が付いた。

ライブ中もそうだったが、歩いて体を動かしている時はまだしも、座り込んで動きを止め静かにしていると寒さが尋常じゃない。真冬でもこんなに寒い日は滅多に無いだろう。その中に半袖、半ズボンでいるのだ。仮に寝られたとしても、これでは凍死しかねない。大袈裟に聞こえるかも知れないが、あの時は本当にそう思った。

特に既に熱が出ているらしい杉内には危険すぎる。仕方ない、歩こう。もうそれしか方法が無い。 眠たい眼を開け、重たい腰を上げ、泣く泣く道の駅を後にし再び国道を歩き出す。

下山をし始めた時から何度も“歩く”と書いているが、どこに向かえば良いのか自分達でも分からないし、歩く速度も進んでいるのか止まっているのか分からない位だ。僕は既に杉内の体調を心配する余裕も無かった。それどころか自分の意識を保つのも難しくて、頭の中は完全に無の状態になっていた。

その時だ。突然向かい側から国道を走る車がクラクションを鳴らしながら近づいてきた。

「ププー、ププーッ」

何だ?ヘッドライトが僕ら二人を照らし出す。眩しい。車はゆっくり僕達の前で止まった。杉内が叫ぶ。

「親父の車だ!」

なんと、目の前に止まったのは杉内の親父さんの車だったのだ!親父さんが車から降りてくる。

「大丈夫か~?」
「どうしてここにいるって分かったの?」

僕と杉内はほぼ同時に質問していた。

「いやー、それはいいけど。バス発着所で待ってたんだけど全然帰ってこないから心配したんだぞ。お前達、ずぶ濡れじゃねーか。大変だったろ?」。

杉内の親父さん特有の優しい笑顔。恥ずかしい話、高校生にもなって僕は涙が溢れ出てきてしまった。

実際に行った人なら分かると思うが、あの広大な富士の裾野で知り合いの車とすれ違う可能性など、ほぼゼロといっても過言ではないだろう。本当に本当に信じられないような奇跡が起きたのだ。

全身濡れていた為座席ではなく、ハイエースの荷台に乗り込む。でもそこだって僕達にとっては天国だった。二人共疲れを通り越して死にかけていたにもかかわらず、杉内の親父さんに何があったのか一気に説明しだした。うんうん、と頷きながら、杉内の親父さんもこれまでの事情を説明してくれた。

親父さんは僕達を発着所で待っていたが帰ってこないので、いったんキャンプ場に戻ったそうだ。そこに自家用車で下山した杉内のお姉さんが戻ってきて (それでも渋滞の為、かなり遅くなったらしい)、会場が大混乱に陥っていること、僕達が行方不明であることを告げた。杉内の親父さんの携帯はやはり電波が入っていなかったそうで、下手に動いてキャンプ場からいなくなってしまうより待つことを選んだ。しかし深夜三時頃になっても戻ってこない為、さすがに捜索に出たのだった。しかし捜索といっても何の手掛かりもない。国道を走り回るしか術はなかったのだが、その最中に偶然僕達を見付けたのだ。

僕は今でもあの日の事を思い出す時、あそこであの奇跡が起こっていなかったら、と想像して怖くなってしまう事がある。しかし、奇跡は起きた。

こうして、僕達の悪夢は思いもよらない形で唐突に終わりを告げたのである。

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2016年5月 2日 (月)

19.『下山⑤~ナイト・オブ・ザ・リビングデッド~』

「やったぞ!」

細い山道から大きな国道に出た瞬間、僕達は歓声を上げた。遂に山を下ることが出来たのだ。しかし…。全く見覚えの無い場所だ。喜んではみたがそもそも僕達が目指していたのは国道ではなく、朝のバス発着所なのだ。

「なんだここ?」

杉内が久し振りに口を開けた。

「お前のせいで訳わかんねーとこに出ちまったじゃねーか。どうすんだよ?」

何だコイツ?

「お前にも判断を仰いだじゃねーか!なに僕だけのせいにしてんだよ!」

危うく反射的にそのような言葉が口から出かけた。しかし、ぐっとこらえる。彼の体調が洒落にならない程悪化しているのは一目で分かる。平時の精神状態ではないのだろう。ここで争ってもしょうがない。とりあえず、次にどこへ向けて進むのか考えなくては。この時、既に深夜一時頃になっていたと思う。

もはや朝のバス発着所がどこにあるかなんて、見当も付かない。仕方なく同じ道程で山を下ってきた人達の後に付いて、国道を歩き出す。しかし、恐らくこの人達も適当に歩き始めたのだろう。

僕と杉内は先程のいざこざで完全にギクシャクしてしまった。このまま気まずい状態で二人きりになるのはつらい。どこに向かっているのかは分からないが、二人でいるよりこの人達についていけば気まずさは多少和らぐ。

ここに来てもう完全に体力の限界が来てしまった。今までも辛かったが、まだ何とか気力を振り絞って歩くことが出来た。しかし一日中台風の中で飛び跳ねながらライブを見て、さらにその後に何時間も歩き続けているのだ。もはや気力などでカバーできる状態ではない。

腿が物凄く痛い。寒さで震えが止まらない。杉内を横目で見ると、唇が真っ青になってしまっている。きっと僕も同じような唇をしているのだろう。16年間近く生きてきて、まさかこの日本で、このような状況に置かれるとは夢にも思っていなかった。これじゃあ生死をかけたサバイバルだ。

国道沿いには殆ど何もなかったが、しばらく進むと何か大きな建造物が見えてきた、どうやら「道の駅」らしい。道の駅といえば高速道路におけるパーキングエリアのようなもので、自動販売機や飲食店がある筈。

「助かった…」

とりあえず屋根の下で雨風を凌いで休憩出来る。僕と杉内は最後の力を振り絞って道の駅まで急いだ。

深夜なので当然飲食店などは閉まっている。しかし自動販売機は稼動しているようだ。屋根のある場所を発見したので、小走りで近付いてみて驚いた。

既に屋根の下には物凄い数の人がひしめき合っていたのだ。皆へとへとになりながらも、何とかここに辿り着いたのだろう。何時間か前に会場のステージで見たように、地面にぐったりと倒れこんでいる。皆、死者のようにピクリとも動かない。雨が凌げる場所で僕たちが入り込めるようなスペースは、1mmも残されていなかった。僕と杉内は全身の力が抜けてしまった。

「やっと休めると思ったのに」

今まで最悪の事態は考えないようにしていたが、僕達が置かれている状況の危険度は本格的に高まっていたのだった。

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