2016年5月18日 (水)

21.『下山⑦~一日の終わり~』

奇跡的に杉内の親父さんと会う事が出来た僕達は、ハイエースの荷台に揺られキャンプ場に到着した。そこでは杉内の弟とお姉さん達が僕達を待っていた。向こうも心配していたと思うが、僕も杉内のお姉さん達の安否を心配していたので、お互いの無事を喜ぶ。

顔を合わせた瞬間、今日一日どのような経験をしてきたのかそれぞれが猛烈に語りだす。杉内のお姉さん達は、ずっとセカンドステージにいたそうだ。セカンドステージはメインステージとは違い、地面が砂利だった。その為、あれ程の雨でも地面が水溜りになってしまう事もなく、比較的過ごしやすかったそうだ。

それが原因なのだろう。面白い事に杉内のお姉さん達は「電気グルーヴ最高!」とか「エイフェックスツインが家から出てこなかった」とか、専らライブの感想が中心なのだ。それに比べて僕達は、「バス発着所が物凄い状況だった」とか「終演後、ステージ上に倒れてる人たちが運び込まれていた」とか、状況説明が中心。つまり、「どちらのステージにいたか?会場までの交通手段は何だったか?用意してきた装備はどれくらいのレベルだったか?」等により、あの日のフジロックの感想は全く違ったものになるのだろう。

その点、「半袖短パンビーサン履き、送迎バス、メインステージから動かず」という状況だった僕達は、参加者の中でも最悪のケースを辿ったのかもしれない。

ようやく心底ホッと出来る環境に身を置く事が出来た上、冷え切った体も暖まったので、強烈な眠気が再び襲ってきた。まだこの時点では雨足も強く、せっかくのキャンプ場だがテント箔は到底無理だった。

借りたタオルケットに包まって車の荷台に横になる。この時をどれほど待ちわびたか。もう朝も近い。明日(というか既に今日)の二日目は、一日目の経験を活かし少しペースを抑えて見る事にしよう。

ほんの何秒かで僕と杉内は深い眠りに落ちてしまった。

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2016年5月10日 (火)

20.『下山⑥~デウス・エクス・マキナ~』

ようやくたどり着いた道の駅だったが、雨風が凌げる場所は僕達と同じように歩いて下山した人達で既に埋め尽くされていた。

僕達はヘロヘロと屋根など何もない花壇のような場所に倒れこんでしまった。一旦座ってしまうと、もう動けない。もう雨に濡れたってなんだって良い。とにかく眠りたい。うつ向いたまま、僕は目を閉じた。しかし、そこで寝るなんてとんでもない話である事にすぐ気が付いた。

ライブ中もそうだったが、歩いて体を動かしている時はまだしも、座り込んで動きを止め静かにしていると寒さが尋常じゃない。真冬でもこんなに寒い日は滅多に無いだろう。その中に半袖、半ズボンでいるのだ。仮に寝られたとしても、これでは凍死しかねない。大袈裟に聞こえるかも知れないが、あの時は本当にそう思った。

特に既に熱が出ているらしい杉内には危険すぎる。仕方ない、歩こう。もうそれしか方法が無い。 眠たい眼を開け、重たい腰を上げ、泣く泣く道の駅を後にし再び国道を歩き出す。

下山をし始めた時から何度も“歩く”と書いているが、どこに向かえば良いのか自分達でも分からないし、歩く速度も進んでいるのか止まっているのか分からない位だ。僕は既に杉内の体調を心配する余裕も無かった。それどころか自分の意識を保つのも難しくて、頭の中は完全に無の状態になっていた。

その時だ。突然向かい側から国道を走る車がクラクションを鳴らしながら近づいてきた。

「ププー、ププーッ」

何だ?ヘッドライトが僕ら二人を照らし出す。眩しい。車はゆっくり僕達の前で止まった。杉内が叫ぶ。

「親父の車だ!」

なんと、目の前に止まったのは杉内の親父さんの車だったのだ!親父さんが車から降りてくる。

「大丈夫か~?」
「どうしてここにいるって分かったの?」

僕と杉内はほぼ同時に質問していた。

「いやー、それはいいけど。バス発着所で待ってたんだけど全然帰ってこないから心配したんだぞ。お前達、ずぶ濡れじゃねーか。大変だったろ?」。

杉内の親父さん特有の優しい笑顔。恥ずかしい話、高校生にもなって僕は涙が溢れ出てきてしまった。

実際に行った人なら分かると思うが、あの広大な富士の裾野で知り合いの車とすれ違う可能性など、ほぼゼロといっても過言ではないだろう。本当に本当に信じられないような奇跡が起きたのだ。

全身濡れていた為座席ではなく、ハイエースの荷台に乗り込む。でもそこだって僕達にとっては天国だった。二人共疲れを通り越して死にかけていたにもかかわらず、杉内の親父さんに何があったのか一気に説明しだした。うんうん、と頷きながら、杉内の親父さんもこれまでの事情を説明してくれた。

親父さんは僕達を発着所で待っていたが帰ってこないので、いったんキャンプ場に戻ったそうだ。そこに自家用車で下山した杉内のお姉さんが戻ってきて (それでも渋滞の為、かなり遅くなったらしい)、会場が大混乱に陥っていること、僕達が行方不明であることを告げた。杉内の親父さんの携帯はやはり電波が入っていなかったそうで、下手に動いてキャンプ場からいなくなってしまうより待つことを選んだ。しかし深夜三時頃になっても戻ってこない為、さすがに捜索に出たのだった。しかし捜索といっても何の手掛かりもない。国道を走り回るしか術はなかったのだが、その最中に偶然僕達を見付けたのだ。

僕は今でもあの日の事を思い出す時、あそこであの奇跡が起こっていなかったら、と想像して怖くなってしまう事がある。しかし、奇跡は起きた。

こうして、僕達の悪夢は思いもよらない形で唐突に終わりを告げたのである。

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2016年5月 2日 (月)

19.『下山⑤~ナイト・オブ・ザ・リビングデッド~』

「やったぞ!」

細い山道から大きな国道に出た瞬間、僕達は歓声を上げた。遂に山を下ることが出来たのだ。しかし…。全く見覚えの無い場所だ。喜んではみたがそもそも僕達が目指していたのは国道ではなく、朝のバス発着所なのだ。

「なんだここ?」

杉内が久し振りに口を開けた。

「お前のせいで訳わかんねーとこに出ちまったじゃねーか。どうすんだよ?」

何だコイツ?

「お前にも判断を仰いだじゃねーか!なに僕だけのせいにしてんだよ!」

危うく反射的にそのような言葉が口から出かけた。しかし、ぐっとこらえる。彼の体調が洒落にならない程悪化しているのは一目で分かる。平時の精神状態ではないのだろう。ここで争ってもしょうがない。とりあえず、次にどこへ向けて進むのか考えなくては。この時、既に深夜一時頃になっていたと思う。

もはや朝のバス発着所がどこにあるかなんて、見当も付かない。仕方なく同じ道程で山を下ってきた人達の後に付いて、国道を歩き出す。しかし、恐らくこの人達も適当に歩き始めたのだろう。

僕と杉内は先程のいざこざで完全にギクシャクしてしまった。このまま気まずい状態で二人きりになるのはつらい。どこに向かっているのかは分からないが、二人でいるよりこの人達についていけば気まずさは多少和らぐ。

ここに来てもう完全に体力の限界が来てしまった。今までも辛かったが、まだ何とか気力を振り絞って歩くことが出来た。しかし一日中台風の中で飛び跳ねながらライブを見て、さらにその後に何時間も歩き続けているのだ。もはや気力などでカバーできる状態ではない。

腿が物凄く痛い。寒さで震えが止まらない。杉内を横目で見ると、唇が真っ青になってしまっている。きっと僕も同じような唇をしているのだろう。16年間近く生きてきて、まさかこの日本で、このような状況に置かれるとは夢にも思っていなかった。これじゃあ生死をかけたサバイバルだ。

国道沿いには殆ど何もなかったが、しばらく進むと何か大きな建造物が見えてきた、どうやら「道の駅」らしい。道の駅といえば高速道路におけるパーキングエリアのようなもので、自動販売機や飲食店がある筈。

「助かった…」

とりあえず屋根の下で雨風を凌いで休憩出来る。僕と杉内は最後の力を振り絞って道の駅まで急いだ。

深夜なので当然飲食店などは閉まっている。しかし自動販売機は稼動しているようだ。屋根のある場所を発見したので、小走りで近付いてみて驚いた。

既に屋根の下には物凄い数の人がひしめき合っていたのだ。皆へとへとになりながらも、何とかここに辿り着いたのだろう。何時間か前に会場のステージで見たように、地面にぐったりと倒れこんでいる。皆、死者のようにピクリとも動かない。雨が凌げる場所で僕たちが入り込めるようなスペースは、1mmも残されていなかった。僕と杉内は全身の力が抜けてしまった。

「やっと休めると思ったのに」

今まで最悪の事態は考えないようにしていたが、僕達が置かれている状況の危険度は本格的に高まっていたのだった。

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2016年4月26日 (火)

18.『下山④~セブンイレブン良い気分~』

混沌としているバス発着所を横目に、朝バスで通ってきたと思われる道を下り始める。

幸い僕達と同じ判断を下した人達が、何千人という単位で徒歩による下山を始めていた。とりあえずこの人達に着いて行けば、全く訳の分からない所に出てしまう、ということは避けられそうだ。

暫く歩いてみてすぐに気付いた。細い山道は下山する観客の車で大渋滞になっている。これでは上でいくら待っていてもバスが来ないはずだ。歩く、という選択は正しかったのかもしれない。

しかし、「歩道」というものは無いに等しく、皆渋滞する車の脇をすり抜けるように一列になって歩いて行く。緩やかとはいえ下り坂。ビーチサンダルの鼻緒の部分が指に食い込んで痛い。何千人もの人々が一言も喋らず、台風の中をただトボトボと歩いて行く光景は、もはや八甲田山のようだ。

正直僕の意識も朦朧としていて、この辺りの記憶は曖昧になってしまっている。確か下り車線とは対照的に空いている上り車線を、救急車が会場に向かって上っていったような気がする。

あまり不確かな情報を書くべきではないが、この時点で「死者が出ただろうな」と思った人は少なくなかった筈だ。結論から書いてしまえば第一回フジロックで死者は出なかったのだが、この時は自分達が置かれている状況をリアルタイムで知る事が出来ない環境だったのだ。

ゴミだらけの会場に所々出来ていた毛布の山、緊迫した雰囲気の張り詰めていた救急室、ピクリとも動かずステージ上に倒れんでいた人達。今まで見てきた光景を考えると、生死の心配をするのは大袈裟な事ではなかった。

歩く力が尽きたらしく、ヒッチハイクを試みている人もいる。しかし止まる車など無い。皆自分のことで精一杯だ。僕も気を抜くと歩くのを止めてしまいそうだ。あと何分歩けばこの状況にピリオドが打たれるのか全く分からないのが不安だしつらい。

杉内も僕の後ろを無言で付いてくる。杉内は体力の限界と共に、風邪を引いてしまったらしい。既に熱も出ているようだ。

「この道であってるのかね?」

たまに話しかけても、

「知らねーよ」
「分かんねーよ」

と、素っ気ない答えしか返ってこない。僕は内心ムッとしていたが、ここで揉めても余計な体力を消耗するだけだ。

途中、道が分かれるポイントが幾つかあったと思う。しかしどの道が正しいのか、誰も分からない。そもそも目指している場所も皆違う。いや、目指している場所すら分かっていない人が殆どだったろう。それぞれが独自の判断で(というよりほぼ勘で)進む道を決めて行く。

杉内が判断出来る状態ではないので、朝バスの窓から見た景色の微かな記憶を辿りながら僕が決めて行く。一応杉内にも同意を求めるが、返事が無い。小学生の時から常に背中を見続けてきた杉内が、今僕の後ろを歩いている。物凄く心細い。もしかして間違ってしまったのだろうか? でも、今は僕が先頭で進むしかない。

今回このブログを書くにあたり調べて驚いたのだが、富士天神山スキー場(現ふじてんスノーリゾート)の標高は大体1300m位だった。当時の僕が何となく思っていたのより全然高い。1300mなら結構ちゃんとした“下山”じゃないか!何度も書くようだが、それをビーサンで臨もうとした僕って本当に…。

体力的にも精神的にも辛い辛い時間を耐え、どれくらい歩いただろうか?遠くの方に小さな建物が見える。近づいてみると、セブンイレブンだ。そしてその向こうには、広い道路も見える。

「やった!国道に出たぞ!」

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2016年4月19日 (火)

17.『下山③~混沌と決断~』

僕達は公衆電話を後にし、再びバス発着所に向けて歩き出す。発着所までの道のりで目にする光景は悲惨極まりなく、僕達の足取りと心はどんどん重くなる。考えてみれば食事だって、フーファイターズの時に雨でベチョベチョの「何か」を食べたのが最後なのだ。急速に腹も減ってきた。

しかし、なんとか発着所に通じる階段に戻ってきた。先程の高台から再び下を見下ろしてみると、やはり行列は全然解消されていない。もう何かを考える力もなくなってしまい、暫くボーっとその行列を眺めていると怒号のようなものが聞こえてきた。

「ふざけんな!」
「待って、乗せて下さい!」

後で知ったことだが、朝、河口湖駅から出発のバスに乗ろうとした人達は、僕達以上に会場に到着するのが遅れたらしい。中には朝から待ち続けて到着したのが16時頃、という人もいたようだ。度重なる各種のトラブルにより朝から少しずつ蓄積されていたイライラ、そして台風によって限界に来ている体力。出演者達の熱演により何とか抑えられていた観客の怒りが、ここにきて遂に爆発し始めていた。

「さっさと乗せろー‼」

あちこちから怒声が飛んでいる。バスを待つことに耐え切れなくなった人達が、係員に食って掛かり喧嘩になっている。何十分かに一本しか出ないバスが発車する時には、直前で区切られ乗れなかった人達が叫びながらバスを追いかけている。

…と、この辺りは確かにこの目で見た光景なのだが、あの時の僕は本当におかしな精神状態だったようで、記憶を辿っていくと本当にあったのか分からない光景も混ざってきてしまうのだ。

怒り狂った者が停車しているバスの窓ガラスに石を投げている光景。そして窓ガラスが割れたまま発車するバス。そんな光景も自然と蘇ってくるが、本当にあった事、見た事なのかどうか自分でも自信がないのだ。

「バスのガラスが割られていた」というのは偽の記憶なのかもしれないが(もしあそこにいた方が読んで下さっていたら教えて頂ければ嬉しい)、いずれにせよ、皆自制心が働かなくなって大混乱に陥っていた事だけは確かだ。ここに来る時に乗った朝のバス車内もそうだったが、僕は自分より年上の人達が露骨に怒りをぶちまける光景に初めて触れたので、正直言って相当怖かった。

高台から見下ろした発着所の混乱。後にある漫画を読んでいる時に、一瞬だけあの時の気持ちが蘇ってきた事がある。『デビルマン』の最後の方、民衆が暴徒に変化していく流れ。伝わる人がどれだけいるか分からないが、ああいう怖さが会場中に充満していた。

もう、この会場にはいたくない。かといって残された体力を考えると、台風の中この会場で何もせず朝まで過ごすのは絶対に無理だ。

「杉内…歩いて下山しよう」

今まで何度か喉元まで出かけていた言葉を、僕はついに発してしまった。表情に生気が見られなくなっている杉内は、黙って頷いた。僕達は、歩いて下山することを決意した。

朝バスに乗った発着所まで、歩いたら何分ぐらい掛かるのか見当も付かない。というかあの発着所がどこだったのかも分からない。仮にそこまで辿り着いたとしても、これほど時間が遅くなってしまったら杉内の親父さんと会えるかも分からない。

天候、体力、装備などを考えれば完全に無謀だが、この場の陰惨な雰囲気の中でいつ乗れるかも分からないバスを待つよりはまだマシだ。

「とりあえず、前に進もう」

そう決意した僕達。しかし、どっちが前なのか分からなくなる程強い雨が、容赦なく吹き付けてくるのであった。

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2016年4月12日 (火)

16.『下山②~繋がらない電話~』

※念の為、いま一度この時の前提条件を書いておくと、僕は半袖短パンビーチサンダルというふざけた格好、気候は台風九号直撃という状況です。

そして「~らしい」という表現が頻出しますが、あの時は自分達がどういう状況に置かれているのか知るすべが無かった為、全部憶測で判断して行動するしかなかったのです。

では前回からの続きを。

帰りのバスへ乗る為の長蛇の列を見て乗車を諦めた僕達。取り敢えず杉内のおじさんと連絡を取る為、バス停から再び公衆電話があるライブ会場へ向けて歩き始めた。

途中、救護室のような場所の横を通った。何だか凄く騒がしい。覗いてみると、かなりの人達が運び込まれているようだ。やはりこの状況に耐えきれなかった人達が大勢出てきてしまったのだろう。深く考えると僕たちもまいってしまいそうだったので、無視して進む。

人がまばらになり始めていたライブ会場は、どこを見渡しても凄まじい量のゴミが散乱している。その上をビーサンで踏みしめる度、足首位まで泥水が上がってくる。

ようやく公衆電話にたどり着いて、再び驚いた。そこには黒山の人だかりが出来ているではないか!僕達と同じように仲間とはぐれた人達が、皆何とか連絡をつけようとこの場所に駆け込んで来ていたのだ。その人だかりを見た時、今まで必死に我慢していた疲れがどっと押し寄せてきた。

「おい、ここもかよ。これじゃあ電話が掛けられるまで何分待たなくちゃいけないんだ。もう一刻も早く眠りたい。無駄な時間は一秒でも我慢できないよ…」

しかしそんな事を言っても始まらない。電話を諦めるという事は、何の保証もないまま再びあのバス発着所まで戻るという事なのだ。せめて今後の目途だけでも立てば、精神的な負担は解消される。

仕方なく列の最後尾に並ぶ。地獄だ。ライブ中もセッティングの時間がきつかったが、暴風雨に曝されている時に一番辛いのは何もせずただ立っている時間なのだ。恐らく実際に並んだのは数十分くらいだろうが、あの時の僕達には永遠にも感じられた。

ようやく僕たちの番が廻ってきた。早速杉内が番号を押すが…繋がらない。もう一度…繋がらない。山中で電波が弱かったのか、大勢の人が一か所で集中的に電話を利用しているからなのか。理由は分からないが、とにかく繋がらない。物凄い絶望感に襲われる。後ろで順番を待つ人がイライラし始めている。でもそんな事は気にしていられない。再び掛ける。

「お客様のお掛けになった番号は、電波の届かない所に…」

駄目だ。さすがに後ろの人のプレッシャーに耐えられずその場を去ることにする。 僕と杉内、どちらからともなく再びバス発着所にトボトボと歩き出す。行ってみたところで、どう考えてもバスには乗れないだろう。しかし他に行く場所もないのだ。

僕達と同じようにどうしてよいか分からない人達が、会場中に大勢いる。ゴミの山の中で泥まみれの毛布にくるまって座り込んでいる人達は生きているのだろうか?そんな事を本気で心配してしまうほど、会場は悲惨な光景だ。

ステージの真ん前を通ってみて驚いた。ずぶ濡れになった人達が大勢、ステージ上に力なく倒れこんでいる。どうやらもう帰る体力を失ってしまった人達が、緊急処置としてステージ上で休んでいるらしい。救護室はもう満杯で、この人達を収容するスペースがなくなってしまったようだ。ステージには屋根はあるのだが、そんなものが全く意味をなさない程強い雨がステージ上の人達に吹き付けている。それでも地面にいるよりはまだマシ、という主催者の判断なのだろう。

数々の力強いライブが幾つも繰り広げられたこのステージは、ついさっきまで神聖な場所にさえ見えていた。だが今はどうだろう?近寄るのもためらわれるような、地獄絵図と化している。もうどこを見渡しても悲惨な光景しか目に入らない。

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2016年4月 4日 (月)

15.『下山①~ビーサンを呪う~』

観客にとっても(恐らく)レッチリにとっても不本意な形でライブは終わってしまった。しかしレッチリの圧倒的な存在感、「ここまで耐えてこられたんだ」という観客の達成感により、会場は「完全燃焼」という空気に支配されていた。

僕も杉内もライブ終了後しばらく放心状態となっていたが、悪くなる一方の天候が僕らを現実へと引き戻した。この時確か、既に夜の十時頃になっていたと思う。

「さあ、帰ろう」

会場を後にする周りの人が皆、口々にレッチリの凄さや今日のベストアクトなどを興奮気味に語っている。それを聞いていると何故か嬉しい気持ちになるが、耐え難い疲労感に襲われバス発着所に向かう足取りは重い。 とにかく少しでも早く寝て体力を回復し、明日の二日目に備えなければ。

この日の夜は杉内の親父さん達がいるキャンプ場で、車中泊の予定だった。まずは朝約束した通り、山の下のバス停で待っている筈の杉内の親父さんと合流しなければ。予定終了時刻はかなり過ぎているが、会えるだろうか?

ライブ会場のスキー場はバス発着所よりも10m程の高台に位置しているので、割合長い階段を下っていかなければならない。ホワイトステージから暫く歩きその階段に到着したのだが、そこから発着所を見下ろしてみて驚いた。

「おい、なんだこの行列は!!」
「マジかよ」

僕と杉内は顔を見合わせた。朝、皆がイライラしていたバス停なんか比じゃない程、長い長い行列が出来ているではないか!

僕達が朝乗ったこの会場まで来る「行きのバス」は、僕らが乗った停留所と河口湖駅の停留所、二箇所から発車していた。しかしこの会場から出る「帰りのバス」は当然ここ、一箇所のみだ。自家用車で来た人、会場内のテントエリアで野宿する人以外、全ての人がこのバスを利用しなければ下山出来ないのだ。多分その数は一万人以上になるだろう。

上から見ていると、その人数を運ぶにはあまりにも少ない台数のバスしか見えない。しかも自家用車とバスが入り乱れているので朝同様に山道が大混雑しているらしく、バスが全然出発できない。

出発して下の発着所で客を下したバスも、こんな状況では再びこの会場に戻ってくるのに恐ろしく時間が掛かるだろう。ピストン輸送が不可能な状況になっている。

しかもこれらはあくまで想像であって、公式なアナウンスがあった訳ではない。今自分達がどういう状況に置かれているのかが正確に把握出来ない、という事が一層不安を掻き立てる。

朝はライブ開始に遅れるのを承知でバスを待った。しかし今回の行列と発着所の状況を見た瞬間、「待つ」という選択肢は僕達の頭から消えた。こんなの、待っていたっていつまでも乗れる訳がない。

「どうする?」

杉内と話し合った結果、とりあえずメインステージ横の公衆電話コーナーに戻る事にした。杉内の親父さんは1997年の時点では珍しく、携帯電話を持っていたのだ。連絡さえ取れれば、何とか打開策が見つかる筈だ。

ライブ会場からバス発着所の僅かな距離を歩くだけでも、僕の体力は限界に達してしまった。しかし今、その道を再び戻らなければならない。スキー場のぬかるんだ地面は体力をあっという間に奪い取ってしまう。

「何でビーサンなんか履いて来たんだ?」

今更ながらに自分の愚かさを呪う僕だった。

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